増田珠選手とは?経歴と今シーズンの活躍を解説

東京ヤクルトスワローズのユニフォームを着た外野手が神宮球場のグラウンドで力強くバットを構えているシーン 選手紹介
増田珠選手とは?経歴と今シーズンの活躍を解説 の内容に合う挿絵(追加1枚目)
※画像はAIによるイメージ

増田珠選手って、今どんな選手かご存知ですか?結論から言うと、2026年シーズンの増田珠選手は一軍定着どころか自己最多の本塁打を量産する「覚醒」を見せてくれている、今のスワローズで絶対に見逃せない存在なんです!

長崎出身、横浜高校からソフトバンクを経てヤクルト入り。そんな増田珠選手の経歴と、まさに今シーズンの快進撃を、一緒に振り返っていきましょうね!

増田珠選手とはどんな選手?プロフィールと経歴を解説

増田珠選手は1999年5月21日生まれ、長崎県長崎市出身の外野手・内野手です。

右投右打で身長179cm、体重93kgという体格からは想像がつかないほど、器用に広角へ打ち分けるバットコントロールが持ち味なんですよね。

長崎市立稲佐小学校でソフトボールを始め、長崎シニア時代にはU-15野球日本代表で4番を任されるほどの実力者でした。

プロを目指して中学卒業後にあえて地元を離れ、神奈川県の横浜高校へ進学したという決断力も、増田珠選手らしいエピソードだと感じます。

横浜高校では1年夏からレギュラーを掴み、2年夏には甲子園初出場。3年夏の神奈川県大会では大会新記録タイの4戦連発を含む5本塁打を放ち、再び甲子園に出場しました。

甲子園通算では3試合で打率.455という圧巻の数字を残しており、この時点で「打てる選手」としての片鱗をしっかり見せていたことが分かります。

2017年のドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから3位指名を受け、契約金5000万円でプロ入り。背番号33を背負ってのスタートでした。

ソフトバンク時代はどうだった?プロ入り後の苦労と初本塁打

ソフトバンク時代の増田珠選手は、正直に言うと「なかなか芽が出なかった時期」が長く続きました。

2018年は三軍からのスタートで、二軍・一軍への壁になかなか阻まれます。

2019年に一軍初出場を果たしたものの、シーズンオフには右手の骨移植手術を受け、全治6か月という診断を受けてしまいます。

そこから2020年、2021年と一軍出場ゼロの日々が続いたことを思うと、この時期の増田珠選手の心境は計り知れないものがあったはずです。

転機が訪れたのは2022年7月17日。一軍昇格のスタメンで起用されると、4回表にエニー・ロメロから プロ初安打・初本塁打となるソロ本塁打を放ちました。

この一打で「増男(マスオー!)」というパフォーマンスが誕生し、以降ファンの間で愛される存在になっていきます。

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なぜヤクルトへ移籍したの?戦力外通告からの入団までの経緯

2023年、増田珠選手にとって大きな転機となったのが「戦力外通告」です。

この年、開幕一軍入りはできなかったものの4月に一軍昇格を果たし、初打席で本塁打を放つなど輝きを見せます。

しかし打率.174で5月に抹消され、その後も一軍と二軍を行き来する不安定なシーズンとなりました。

二軍では出塁率がリーグトップになるなど好成績を残していたにもかかわらず、みやざきフェニックス・リーグの終了直前、10月28日に戦力外通告を受けてしまいます。

このとき、当時二軍監督で翌年一軍監督に就任する小久保裕紀氏から「自分の頭の中にもあった選手だった」と声をかけられたというエピソードは、多くのファンの胸を打ちました。

増田珠選手自身も「野球は大好きなので、辞める選択肢は今のところはない」と現役続行を強く希望し、11月17日にヤクルトへの入団が発表されます。

背番号は63、推定年俸600万円からの再スタートでした。この経緯を知ると、今の活躍がより一層感慨深く感じられますよね。

ヤクルトでの成長ぶりは?2024年・2025年の軌跡を振り返る

ヤクルト移籍1年目の2024年、増田珠選手は開幕を二軍で迎えますが、4月29日に一軍初昇格を果たします。

8月13日の中日戦では、被本塁打0という圧倒的な成績を残していた抑えのライデル・マルティネスから移籍後初本塁打を記録。この一発は、増田珠選手の勝負強さを象徴する一打だったと言えるでしょう。

2025年は内野手登録から外野手登録に変更され、自己最多の75試合に出場。

特に代打での勝負強さが際立ち、5月4日の阪神戦では伊原陵人投手から決勝三塁打、8月8日の阪神戦では延長12回に桐敷拓馬投手から決勝適時打を放ちました。

代打での打率はなんと.350という高水準で、この結果を受けてオフには700万円増の年俸1600万円で契約更改しています。

この積み重ねこそが、今シーズンの飛躍につながる土台になったのだと筆者は考えています。

2026年シーズンの活躍は?キャリアハイの数字を徹底解説

さて、ここからが本題です。2026年シーズン、増田珠選手はこれまでのキャリアの中でも最も充実した成績を残しています。

2026年7月25日時点で74試合に出場し、打率.282、本塁打7本、打点26という数字を記録。出塁率も.352まで伸びており、まさにキャリアハイの活躍と言っていいでしょう。

これまでの通算成績と比較しても一目瞭然です。

年度 試合数 打率 本塁打 打点
2024年 52 .207 2 6
2025年 75 .233 1 11
2026年 74 .282 7 26

本塁打数だけを見ても、これまでのシーズン最多だった2本を大きく上回る7本を、シーズン終盤を待たずに記録しているのが分かります。

代打の切り札という役割だけでなく、スタメンでも結果を残せる打者へと成長している点が、今シーズンの増田珠選手の一番のポイントだと筆者は感じています。

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増田珠選手の魅力とは?「増男」パフォーマンスと福山雅治さんとの縁

増田珠選手の魅力は数字だけでは語り尽くせません。

本塁打を放った際に披露する「増男(マスオー!)」パフォーマンスは、目標とする松田宣浩選手(元ソフトバンク)の「熱男」にちなんだもので、ドラフト担当スカウトからも「あの元気はダイヤモンドの中で生きる」と評された持ち前の明るさが表れています。

戦力外通告を受けた際、真っ先に連絡したのも松田宣浩選手だったそうで、「そのキャラはやり通せ」と背中を押されたというエピソードには、選手同士の絆の深さを感じますよね。

また、増田珠選手の登場曲「革命」「虹」は、同じ長崎出身のシンガーソングライター・福山雅治さんの楽曲です。福山さんがパーソナリティを務めるラジオ番組でエールを送られたこともあるそうで、地元とのつながりも増田珠選手らしい魅力の一つだと感じます。

増田珠選手の今後をどう見る?記者としての考察

ここからは筆者個人の見解として、増田珠選手の今後について考えてみたいと思います。

まず率直に感じるのは、今シーズンの本塁打数の伸びは偶然ではないということです。

代打として結果を出し続けた2025年の経験、そして長年の二軍生活で培った選球眼やバットコントロールが、ようやく一軍の対戦相手を相手にしても通用するレベルに到達したのではないかと筆者は考えています。

ソフトバンク時代、右手首の手術による長期離脱という大きなブランクを経験しながらも野球を辞めなかった精神力は、決して数字だけでは測れない財産です。

個人的には、この「腐らずに積み重ねる姿勢」こそが、今の増田珠選手のプレーの土台にあるのではないかと感じています。

今後の見通しとしては、外野のレギュラー争いがさらに激化する中で、増田珠選手が持ち味である長打力を維持しつつ、出塁率をどこまで安定させられるかが鍵になってくるでしょう。

代打としての勝負強さはすでに証明済みですから、スタメン起用が増えた際にどれだけ結果を残せるかに、筆者としても大いに注目したいところです。

これまでの苦労を知るファンほど、今シーズンの活躍を見て「ようやくここまで来たか」と感慨深いものを感じているのではないでしょうか。

まとめ

増田珠選手は、横浜高校から福岡ソフトバンクホークスを経て2024年からヤクルトに加入した外野手です。

ソフトバンク時代は怪我や戦力外通告など苦しい時期を経験しましたが、ヤクルト移籍後は着実に成長を重ね、2026年シーズンは打率.282、本塁打7本というキャリアハイの成績を残しています。

「増男」パフォーマンスに象徴される明るいキャラクターと、勝負強い打撃で、これからもスワローズを支えてくれる存在として大いに期待できる選手ですね!

よくある質問
増田珠選手の出身校はどこですか?

神奈川県の横浜高校出身です。中学卒業後、長崎から単身で進学し、甲子園にも2度出場しています。

増田珠選手は元々どこの球団の選手でしたか?

2018年から2023年まで福岡ソフトバンクホークスに所属していました。2023年オフに戦力外通告を受け、2024年からヤクルトに移籍しています。

増田珠選手の背番号は何番ですか?

ソフトバンク時代は33でしたが、ヤクルト移籍後は63をつけています。






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